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 田園クラブ機関誌 03-10月号  NO.110   (作成2003年10月 4日 編集責任者:小野里栄治)

9月までのレース結果

  8月31日(日) 川崎選手権(等々力競技場
  久島  5000m    19分13秒1

  9月 7日(日) 川崎選手権(等々力競技場)
  久島  1500m     4分44秒8

  9月13日(土) 横浜市ナイター記録会(三ツ沢競技場)
  久島  5000m    18分51秒4
  普段は応援するならスタンドに上がれと言っている審判が、今日は特別に5レーンまで入って応援していいとのこと。
  中長距離種目のみだったこともあるが、応援に対して寛容な態度が当たり前になってほしい。


  9月15日(月) 東京マスターズ選手権(国立競技場)
  久島  1500m(M45)  4分45秒26(第3位)
 
 ラスト1周で2人抜き、自分としてはゴールまで緩むことなく走れたと思ったが、記録はついて来なかった。

  9月21日(日) 玉造松江毎日マラソン(島根県玉湯町)
  村尾    20q 1時間20分45秒 (57位)
  
今年も懲りずに出雲大社に行ってきました。
  20q48回目のレースで42番目の記録でした。
  大会の応援と大会後の宴では、松江のランナーの方々に大変お世話になりました。
  あんなにいっぱい応援してもらえるのだったら、もう一頑張りしないとあきまへんな。

  小野里  20q  DNF 
  
地元の多くのみなさまの声援があったのに、喘息のため途中棄権、歩いてゴールに帰りました。
  レース後は、地元松江の多勢のランナーさんと交流会を重ね、来年こそ完走せにゃ!と思いました
 

  9月23日(火) 日本体育大学記録会(日本体育大学健志台グラウンド)
  黒澤  1500m  4分19秒7
  
完璧な調整をした状態で、現状維持が精一杯。そんなものだろうか?

  9月28日(日) 函館ハーフマラソン(北海道函館市)
  村尾   1時間26分46秒(30歳代 22位)
  
津軽海峡をくぐってイカソーメンを食べに行ってきました。
  ハーフ70回目の出場で、途中棄権の2回を除いて後ろから10番目の記録でした。
  ここは、いつも風や雨に悩まされますと言い訳しておきます。
  レース後のくたばった内臓に、イカソーメンは程よい流動食となりました。
  その後、生ビールで回復して、巴丼(ウニ、イクラ、ホタテ)をおいしくいただいてきました。


 9月24日(水)織田フィールドタイムトライアル
  岡田  5000m 20分31秒


★近況

  ライバルの記録に燃える!
  高木さんが5000m今期ベストの19分55秒を記録しました。
  岡田さんが、この記録を今年中に上回ろうと闘志を燃やしています、今期の17秒の差、逆転出来るか!?


★寄稿

高野進選手の思い出  ファイナリストを目指した求道的スプリンター  −三宅 徹ー

 今年の陸上世界選手権、30日朝4時(日本時間)に目覚ましで起きてテレビをつけると男子200mの末続選手がスタブロの準備をしてました。
そして銅メダル、ホント感激しました。もう涙が出てきてしまって、興奮してしまって、眠れなくなってしまって困ってしまいました。
今回はその末続選手のコーチである"ファイナリスト"高野進選手に焦点をあてたいと思います。

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 今、日本の短距離界は世界で勝負できるレベルになりつつあるが、その礎となったのが高野選手の功績であったと思う。その高野選手だが、高校時代から世界のファイナリストとなるようなオーラを発していたかというと、そのようには思えなかった(少なくとも筆者には)。若い選手がどのように成長していくかを見るのは楽しみなものだ。その頂点を知ってしまうことはやや寂しいが、大きく成長する転換期を見るのは実に楽しく見ているこちらも希望でワクワクしてくる。高野選手にはそうした大きな転換期があったように思う。本稿ではそのあたりの思い出について触れてみたい。
 高野選手の存在をはじめて知ったのは、彼が静岡県立吉原商業高校3年のインターハイのときである。インターハイは各種目の入賞者に得点が与えられ学校ごとに総合点を争う大会である。吉原商業はその年総合優勝の候補であった。高野選手はもちろんチームのエース、ではなかった。エースは小川祐一さんという選手で、400m、400mHの優勝または上位入賞候補であり、さらに高野選手もいる4×400mRは東海大会で高校新記録も樹立し、優勝候補というよりは優勝しないとおかしいくらいであった。ところが、本番ではエースの小川選手が絶不調、400mは予選落ち、400mHは最終ハードルまでトップで走りながらこれを両手で倒してしまい飛び越し不完全で失格。さらには、優勝しないとおかしい4×400mRはこれまたアンカーの小川選手にバトンがトップで渡りながら、静岡県大会、東海大会で問題なく勝っていた浜松商業にラストで抜かれ、2位。月刊陸上競技79年9月号では小川選手が一躍悲劇のヒーローとして扱われた。
ところがその大会の200mの結果を見ると、高野選手がちゃっかり3位に入っていた。200mの優勝は当時飛ぶ鳥を落とす勢いの都築正則(水戸工業)。吉原商業関係者でもなければ、3位の高野選手に注目する人は少なかっただろう。僕自身も後年のファイナリストのオーラを感じるなんてことは全くなく、散々な成績だった吉原商業にあって、「あれ!ちゃっかり3位に入ってるじゃん。」という感じだった。
その翌年、私自身最後の関東インカレに出場していた(もちろん2部ですが)が、1部校の400mのレースでのこと。当時の関東インカレの400mは筑波大の名取英二選手、磯辺孝之選手らの筑波大勢、日体大の半田昌一選手らの日体大勢が踵を接しており、「今日はそのうちの誰が勝つかな?」という按配であった。曇り空で(小雨が降っていたかもしれません)どんよりとした空気のなかでレースはスタートし、空模様と同じように全員が重苦しい走り、ラストの直線を名取英二が先頭、半田らが必死に追い上げる。が、頑張っているのはわかるが差は縮まらない。ところがゴール手前で、ほかの選手があえいでいるのをよそにヒョロヒョロと上がってきて2着でゴールした水色のユニホームの選手が高野選手であった。
前年のインターハイの200mの印象もあり、ここでも「ちゃっかり2位に入ったな」という感想で、とても世界のファイナリストのオーラは感じられなかった。走っている姿も力まずヒョロヒョロと走っている印象であった。その高野選手が俄然違って見えたのは翌年のやはり関東インカレ400m決勝のレースであった。
このときはもちろん優勝したのだが、今度はヒョロヒョロ、チャッカリの印象は微塵にもなく、第4コーナーからホームストレートにかけての走姿は(またまた失礼ながら)、ゴリラかシュワルツネッガーかボブサップ(なんて当時知らなかったけど)かというくらいに力強かった。グランドが高野選手の一歩一歩にあわせて揺れ動いていた。過大表現もイイカゲンにしろっ!と言われそうだが、それほど強い印象がまぶたに焼き付いている。
そして、3年後のロス五輪で準決勝まで進出するとともに日本人として初めて45秒台に突入、91年東京の世界選手権、92年バルセロナ五輪での決勝進出というその後の活躍については改めて述べるまでもないでしょう。
これらのことを振り返ってみると、高野選手の意図してのことかどうかは本人に確かめてみないと分からないが、関東インカレで2位になってから翌年までの1年間が大きな転換期であったように思う。今思い返しても思わず興奮してくるような高野選手の大変身振りであった。
これまで末次選手のみならず伊東浩二選手、、宮崎久選手、を育て上げ、現在も東海大学において山口有紀選手、吉野達郎選手、富樫英雄選手といった強力スプリンターを量産している高野コーチ、今後も若きスプリンター達をいつどのように大変身させていくのかを楽しみに見ていきたいと思っている。


★平成15年記録 今年から会報に掲載した結果をもとに、年間記録(個人最高)を掲載しています(赤字は初掲載)
400m 800m 1500m 3000m 5000m 10000m 20000m
記録申告なし 黒沢 2’ 7”31
浅井 2’37”60
黒澤 4’19”4
久島 4’43”77

浅井 4’57”08
浅井 10’14”93 熊沢 15’25”61
黒澤 16’54”
三宅 17’19”72
村尾 18’21”8
久島 18’25”79
堀   19’33”
高木 19’55”
岡田 20’12”
岡田   42’39”
堀  1゜26’03”
5km 10km      10マイル 20Km ハーフマラソン 30km マラソン
久島 18’27”
増田  31’49”
熊沢  31’58”
三宅  36’32”
堀   41’07”
記録申告なし 村尾 1゜20’45” 三宅 1゜18’01”
黒澤 1゜18’37”
本間 1゜19’32”
村尾 1゜20’45”
堀  1゜25’50”
西尾 1゜33’37”
村尾 1゜55’19”
増田 2゜27’51”
久島 3゜27’53”


★10月の練習会について

 練習は土曜日19:00頃より織田フィールドで行なっていますが、日曜日が試合等でメンバーがそろわない場合もあるので、
 基本的には第3土曜日にはみんなで集まろう!を合言葉にしています。
 *最近雨が降ると「グラウンドコンディション不良のため利用中止」となることがあります。
  天候不順な場合は公園管理事務所に確認の電話を入れたほうがよさそうです。電話:03-3469-6081


★10月以降の試合予定及び申し込み

 10月 5日(日)東日本国際駅伝(相模原)
  一般の部(12:20スタート) 林・久島・小野里・村尾
  1区10キロ・2〜4区5キロ 4人×25q
 
メンバーの都合によりDNSとなりました。

 10月12日(日)東京スポーツ祭典(国立競技場)
  岡田  3000mSC

 12月 7日(日)  奥多摩渓谷駅伝(東京都青梅市)
  クラブの重点目標駅伝です、一人でも多くの参加をお願い致します。
  競技終了後14:00より河辺「孝寿司」にて総会を開催します(こちらのみの出席も歓迎)
  参加希望者は岡田へ連絡または掲示板へ


★訃報
 田園クラブの要的存在であった、川端仁一さんが平成14年7月28日に急逝されました。
 つつしんで故人の冥福を祈るとともに、故川端仁一さんの思い出を会報に掲載致します。
 尚、思い出は、寄稿文を寄せられた方のものから随時掲載させて頂いています。
力走する川端さん 
90.9.23新体連陸上大会5000mを力走する川端さん(駒沢陸上競技場にて)

故川端仁一さんの思い出

 川端さんの陸上競技歴              岡田 真晴
 川端さんの最近について             村尾 和彦
 川端君追悼                     三宅 徹  
 川端さんとの思い出                増田 昌彦
 川端さんに関する思い出             浅井 健一
 
追悼 川端君                    岡田 真晴
 
さようなら川端さん                 小野里栄治
 
川端君のこと                    久島 和夫
 
川端さんのご冥福を心からお祈りいたします 関根 広郎
 星薬大陸上部と川端さん。後輩から一言。  須藤 靖彦
 川端仁一君の思い出               小田 久洋

★お知らせ

 田園クラブ会報:インターネット版になってから(86号以降)のログは小野里が保管しています
 希望の方は連絡下されば、メール送信致します。 小野里へのメールはこちら

 田園クラブ会員連絡用のBBS(掲示板)を設置致しています。
 会報充実・クラブ運営に役立てて行きたいと思いますので、
 レース結果や近況、その他意見などありましたら、なんでも気軽に書きこみをお願い致します
 
田園クラブ会員以外の方でも、ご意見等がありましたら、遠慮なく投稿して下さい、たくさんの書き込みをお待ちしています。

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